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by Strawberry Fields
<Coffee Bar & music>
Copyright (C) Strawberry Fields
2001 All rights reserved. Since
2001 1.July


ロックバー「ストロベリーフィールズ」

 店を始めようと思ったのは、単なる安易な思いつきからだった。(真面目に店を始めようとしている人、ゴメンね)
 30歳を過ぎて、アルバイトをしながら芝居をする困難さもあった。
 それで、「誰にも文句云われずに好きなことをやるには?」と、考えた結果、店をやることに行き着いた。
 幸い、長年水商売を転々としていたため、やることに不安はなかった。
 もともと料理は好きで、調理師免許は既に持っていた。 (フレンチ、スパニッシュ、イタリアンが好き)
 接客やお酒を作ることも苦じゃなかったから、「じゃあ、やってみるか」と、いう運びになった訳である。
 (ほんと、単純に、簡単に決めてしまったの。今・・大変さが身に浸みる日々〜っ♪ お店をナメちゃ駄目よ)

 店の名前を決めようと思ったとき、迷わずビートルズの曲名から名前を貰おうと思った。
 今から思えば、あの時もっと迷えよと少し思うところがある。 (いいも悪いも、ビートルズはでかすぎた)
 幾つかの候補から、ビートルズを知らない人達にも柔らかいイメージがつくようにと、(特に女性に)
 「ストロベリーフィールズ」と名付けることにした。 (私の好きな一曲でもある)
 そのことを、私にビートルズを教えてくれた兄貴に話すと、「お前、勇気あんなぁ」と、云われた。
 その時、云われていることが理解できなかったが、今に思うと・・・俺、勇気あったみたい。
 ただ、私はビートルズマニアじゃない。すべての曲名を言えるわけじゃないし、リヴァプールのキャバンクラブの
 ブロックを欲しいとは思わない。ビートルズの音楽が一番好きなだけである。(ジョンのリッケンは欲しいかも)
 店では、ビートルズ以外流しませんとは、口が裂けても云わない。 (他にも好きな音楽が、いっぱいあるもんね)
 ビートルズを含めて、私の好きな音楽を流す。 (60年代音楽から、21世紀音楽まで様々に〜っ♪)
 一日中、ビートルズが流れている時もあれば、まったく流れない日もある。 (私は気まぐれ〜っ♪ ゴメンなさ〜い)
 しかし、客層を見て、ちゃんと操作はしてます。リクエストにも答えてます。 (忙しいときや、何回もは駄目よん)

 「ストロベリーフィールズ」のコンセプトは、70年代に沢山あった、ロック喫茶の再現である。
 当時、ロック喫茶では、ビートルズは古い音楽と位置づけられ、あまり流れることはなかった。
 ならば、ビートルズがよく流れるロック喫茶を作ろうではないか、というのが発端だった。
 これからも一色には染まらず、様々に変化していきたいと思ってます。
 ありがたいことに、最近、ようやく常連も増えてきました。
 年齢層もバラバラで、20代から50代までバラエティに富んでいます。 (60歳以上も、たまには来るよん♪)

 Strawberry Fieldsは、70年代のロック喫茶をエッセンスにして、
 未来世紀風サイケ⇔アンダーグラウンド・バーを目指しております。 (なんのこっちゃ!?)

  

阿佐ヶ谷ストロベリーフィールズは

1996.615 OPEN!!

2007.1.6 CLOSE!!

 

 

自己紹介

1961年3月27日、京都に出現す。

不思議な記憶⇒
夜(明け方?)、病院の外の車の中で、父と一緒に何かを待っていた記憶がある。
私は父に抱かれながら、車のハンドルで遊んでいた。
後で聞くと、父と一緒にいたのは兄であり、それは私の誕生した日の病院前での出来事だった。
私は一瞬兄の躯を借り、自分の誕生を待っていたのだろうか!?
云うまでもなく、自分が誕生した時の記憶はない。

産まれたときは健康優良児だったらしい。
しかし、1歳を過ぎる頃、麻疹が誘発させたのか小児喘息に襲われる。
それ以来、病弱な幼少、少年時代を過ごすことになる。
何度も死にかけた私は、学校も休みがちで、一人遊びを覚える。
いつも空想、妄想の中で、私は元気に跳ね回っていた。

忘れもしない1971年。
我が家にビートルズがやってきた。
この運命的な出会いは、私の人生を大きく変化させることになる。
我が家にビートルズを持ってきた兄貴に大いに感謝である。
(が、出会っていなければ、現在、もっとまともな生活をしていたかもしれない)
将来ミュージシャンになることを夢見る少年だった。

1973年 中学入学。と、同時にグレる。

1976年 高校入学。と、暫くで退学。

1979年 演劇に目覚める。ここから徐々に音楽人間から演劇人に移行していく。しかし、気持ちは、いまだにミュージシャン♪

1980年 ジョンレノン死す。天地がひっくり返る衝撃を受ける。12月8日、当日。
      
親友の家で泣きじゃくる。その親友も、1997年11月、死去。馬鹿野郎ッ!

1985年 すべてをチャラにすべく京都脱出。何処でもよかったが、大阪より東京かなと決め上京。
       この年、21年ぶりに阪神優勝! おめでとう! しかし、東京にいた私は寂しい思いをする。

1990年 ジョンレノン追悼のため劇団を旗上げる。ジョンの頭文字をもらい、「Jプロジェクト」と命名。

1993年 劇団活動停止。これ以降、プロデュース公演に切り替え、現在に至る。

1996年 東京、阿佐ヶ谷にて、ロックバー「ストロベリーフィールズ」をオープンさせる。

2001年 21世紀元年。これからどうなりますやら………。